17歳の時から
コツ子には突然襲ってくる
やつがいます(´・ω・`)
なぜか突然、息が苦しい。
深呼吸しても
ぜんぜん酸素を吸えない感覚。
不安、苦しい。
そんな
不安と
息苦しさが襲ってくる。
(;_;)/~
コツ子は今年の1月2月と
また息苦しさに襲われていました。
もうしばらく襲われていなかったのに。
カメラ屋に仕入れに言っても
苦しくなって
仕入れに集中できません。
人がたくさんいる店、狭い店内の店は
特に行きたくなくて
どんどんカメラ屋から遠ざかっていきました。
行かなくなると、どんどん行きたくなくなって
会社の仕事以外は引きこもっていました。
人に会うことも億劫で
人にもなるべく会わない!!
そんな生活で
もう、駄目だ、と落ち込んでいました(・´з`・)
それも堀井師匠に相談し
助けて頂き、改善していきました\(^o^)/
もう今は元気!復活!!
そして2月の後半に無事に会社を退職できまして
カメラ転売で独立しました♡
そんな襲ってくるやつの正体は
17歳の時に
病院で告げられた、「パニック障害」。
息が苦しい、他にも
いつも胃炎をおこしては
ごはんが食べられなくて
夜も睡眠薬を飲まないと
眠れない生活でした。
(今は2秒で寝るけど♡)
デパートや
ドラッグストア、スーパーなどの
商品がたくさん並んでいる
広い場所が苦手でした。
人がたくさんいるところもとても苦手。
高校の授業も、黙って椅子に座っていることも苦しかった。
そんな生活。
高校を卒業しても
辛くなって仕事が続きませんでした。
精神安定剤をたくさん飲んでは
副作用で、強い眠気が常に悩まされ
意識がぶっ飛ぶことも毎日のこと。
だから車もよくぶつけていました( ゚Д゚)
それでも、私は薬を飲まないと生きていけないと
なにがなんでも飲み続けました。
身体は薬になれて、効き目がなくなり
どんどん量も増えて強い薬をのんでいました。
「こんな薬漬けでは、将来子供を産んだりもできない」
そんな思いもずっとありました。
周りからは理解されることもなく
薬を反対されたりするのが
受け入れられず
人の意見聞きませんでした。
それでも「薬を飲まないといけない」という思い込みで
生きていました。
そんなく薬漬け女は
23歳の時に
薬を一切やめることができました。
薬をやめることは
とても辛く
寝たきり状態でした。
なにがそんなに辛かったのか
その時の記憶があまりありません。
ただ、じっとしていることも
動くことも苦しかったです。
なぜ薬をやめることができたのかは
その時、たまたま行った病院の先生のおかげでした。
当時、突然意識がぶっ飛ぶことに悩んでいて
でも精神安定剤の副作用だと考える頭もなくて
他の病気なんじゃないかと疑っていたんです。
てんかん、睡眠時無呼吸症候群…
いろいろ検査をしていた時に
「今飲んでいる薬は全部やめて、この薬飲んでみて
これで改善されたら、あなたはてんかんだよ」
と言われ、1つの薬だけ飲んだんです。
その医者のゆるーーい適当な感じもなぜか気に入りw
言われた通りにしたら
薬の離脱症状の辛さに
すぐにギブアップ(;_;)/~
もうすごく具合悪いし
あの医者のいう事聞かなきゃよかった!!!!
とプンプン。
しかし、
しぶしぶ我慢しました。
だんだんと
「これは薬の離脱症状なんだ。
今ここでまた飲んだら、結局一生変わらない。
一生薬に頼りたくない。」
という気持ちが芽生えて、乗り切りました。
それから薬は一切飲んでいません。
結局てんかんでも無くて
薬を辞めたら元気になりました。
思い込みの怖さ!!
薬なんかなくても、本当は私は健康体になっていたんです。
ただ、薬に依存して、飲んで副作用に苦しんでいただけです。
思い込みを解くことはとても大変。
でも、人は思い込んでいることがたくさんです。
そしてはじめは辛くても
医者を信じて
耐えたから、思い込みも解けて治りました。
で、今のよう元気なポンコツ子になりました♡\(^o^)/
思い込みはいろんなところにあります。
仕事にこともそう。
私は給料の金額も
週二日の休日も
決まった時間働くのも
何一つ、当たり前だと思いません。
当たり前であるなら
それは思い込みです。
だって
給料も
働く時間も
何もかも
自由自在の世界が
あるから。
カメラ転売が、その世界行ける近道です(`・ω・´)