コツ子の生い立ち①―幼少期―

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コツ子の生い立ち。
興味ないなんて言わないで。読んだらきっと、自動販売機で当たりでるよ\(^o^)/


コツ子はスーパーもコンビにも無い様な山の中で生まれ育ちました。

4人兄姉の末っ子として誕生。

一番上から、12歳、11歳、6歳と年が離れて生まれた。
間違って出来た子ではなくw

もう一人女の子が欲しいと、当時40歳と37歳と父と母が作ってくれたみたい。


生まれてすぐは病弱過ぎて、死ぬんじゃないかと思われていたようだけど、
ちゃんと健康体に成長。


父は畜産業を営んでおり、牛がたくさんいた。
猫も犬もわんさかいた。

夜にはタヌキも遊びに来るし。
田んぼも畑も広々とあった。
遊び場は山の中、川。

本当に緑溢れて、空気の綺麗な環境で育ちました。
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4人の子供たちはそれぞれ、家事や父の仕事の手伝いの役割分担がありました。
学校が終わったら、牛のお仕事の手伝い。

帰宅したら家事の手伝いをするのが当たり前。
春と秋の田植えと稲刈り時期は、一日中田んぼ。
幼少期から「働くもの食うべからず」と環境だったことは、いい環境だったと思う。

しかし、うちの父はちゃぶ台ひっくり返しが似合いそうな、頑固親父w
毎日怒鳴られている母。反撃する母。
うちは隣の家と離れているのに、隣の家まで聞こえる声。
どんだけ賑やかw

でもそれは父の性格もあったけど、一番は経営不振があったからだと思う。
畜産業はとても厳しい。


バブル時代はとてもうまくいっていたようだけど

コツ子はバブルが終わってから生まれてるので、バブリーなことは知らない。
毎日ため息をつく父の背中を見ていた。


しかし、父は自分の仕事をとても愛していた。
高校生の時に、一人で畜産業を営みはじめたという父。
そんな父を見ていたからか、

コツ子も自然と仕事は独立してやっていくことを考えていたんだと思う。
余談ですが
父と母はお見合い結婚。

母は父のことは特になんとも思わず、むしろモテていた母は他の人からもアプローチを受けていた様。
一方、父は誰とも付き合ったことが無い。
そして母とお見合いをして、惚れた!!

そんな二人が結婚まで至った経緯は
母は父と会うたびに、うっかりいいお値段のした傘の忘れ物をし、また会う理由ができたり
父の母(私の祖母)から嫁に来てと頼まれ、


「私が嫁にこないと誰も嫁にこなさそう」と可哀想に思った…等の理由により、結婚に至ったそうなw
だから父と喧嘩をしたときの母の決まり台詞は


「ここに嫁にきたのはボランティアだ!!!」
母、強しw
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  • 2015 07.26

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名前:ポンコツ子
年齢:28歳
出身:秋田県の田舎
職業:DERATTO代表
   (副業アドバイザー)

中学1年生から不登校。
17歳~22歳までパニック障害+うつ病。
18歳〜5年間お水の仕事と昼の仕事の掛け持ち。

24歳から「もっと自由になりたい!」と思い

数々の副業にチャレンジしては挫折。
このままじゃダメだ、と勢いだけで
上京するも、無職+ホームレス。

更に知り合った人の誘いで
ビジネス塾に入って失敗、100万円の借金。

そんなポンコツだけど…
カメラ転売(せどり)を始めてから
すぐに稼げるようになり、独立成功。

カメラ転売の講習も開始しました。

更には興味のあったiPhoneの修理の勉強もし、
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